2025.06.18

春画 SHUNGA
「性」と「笑い」の交わりSexual Wellness Art
制作ディレクターMoi Hanawa
自分の体を触ることへの忌避
自分自身のデリケートゾーンをじっくりと観察したり、触って内部の形を確かめたことがあるだろうか。セックスや性的快楽、月経など、私たちの身体にまつわる中でも特にセクシュアリティに関する部分については、今なお“隠すべきもの”として扱われている側面がある。隠すことに敏感になりすぎると、次第に日常での認識は薄れていってしまう。例えば、日本の生理用品においては、タンポンや月経カップなどの選択肢もある中で、使い捨てナプキンの使用率は9割を超えるともいわれる。ナプキンの性能がいいからともいえるけれど、性器に触れることや異物を挿入する抵抗感も大きく影響していると考えられる。また、SNSや広告を介してすり込まれる美容・脱毛・ダイエットといった“見られる身体”への同調圧力がある一方で、自分の身体に自ら触れることへの忌避によって、多くの人が自分の感覚を閉ざしてしまっているようにも思われる。

喜多川歌麿《絵本小町引》(部分)享和2(1802)年 浦上蒼穹堂蔵
笑いで魅せる性
現代の身体観を考えるうえで、春画(しゅんが)はとても興味深い。春画とは、江戸時代に親しまれていた浮世絵のジャンルの一つで、男女の性愛や情交をユーモラスに、あるいは繊細に描いた肉筆画や版画のことである。喜多川歌麿、葛飾北斎など、誰もが一度は耳にしたことがある絵師たちも手がけていた。
春画に対して、“エロい”、とか“わいせつな”絵を想像する人もいるかもしれないが、そうしたイメージとは全く異なるものだ。なぜなら春画は、性交を描くことに主眼を置きながらも、笑いを誘うユニークな趣向にあふれているからである。誇大化した性器、アクロバティックな体位、「こんな所でも?」と驚くような場所での性交など、型破りな表現には思わずクスッと笑いを誘うような親しみを感じさせる。
春画を現代を生きるわたしたちの身体観を映し出す文化的・感性的な“セクシャルウェルネス・アート”として捉えることもできるだろう。当時「笑い絵」とも呼ばれた春画には、「性」と「笑い」が密接に結びついていた。もちろん性的な描写は多く含まれているが、現代の欲望を刺激するメディアと決定的に違うのは、カップルがともに性交を愉しんでいるあり様、ユーモア、日常生活とのつながりが描かれている点だ。春画は、性的なイメージに感性をはたらかせることが、必ずしも恥ずかしいこと、隠すべき感覚ではないと気づかせてくれる。
絵と言葉で愉しむ性
春画における性の営みが「笑い」を通じて親しまれていたことは、その意外な用途や主題からもわかる。春画は、婚礼に際した性教育、夫婦の指南書、娯楽、火除けや勝利を祈願する縁起物としての役割もあり、男性だけでなく老若男女に広く親しまれた日常生活に根ざした媒体だった。絵の中でことが行われるのは、寝室や遊郭から、庭、井戸端、茶屋、芝居小屋、旅の道中、船、その辺の原っぱまで様々だ。さらに、風俗的なもの、詩歌や文学的要素を兼ね備えたもの、歴史・物語をパロディ化したものなど、性交時の場面設定設定が多彩なのだ。男女はもちろん、男性同士、女性同士、若衆、老人、性器、セックストイに媚薬、人間以外の生き物との交わりまで実に多様な人間模様、モチーフに満ちている。
春画が親しまれた背景には、こうした多彩な題材や場面設定も大きく関係している。具体的な作品をみてみよう。勝川春潮《好色図会十二候》(1788年頃)では、目を細めた和かな表情の夫婦が窓際で仲睦まじく交わっている。窓の縁に頬杖をついて上体をかがめる妻の後から夫が挿入する場面で、画中の書入れには、「寝てからまた七、八番しよう」(夫)、「奥の上のほうを。それそれ又いくいく」(妻)などとある。かなりあからさまに女性器に男性器が挿入されている様が描かれているが、官能的というよりむしろ微笑ましさを感じさせる。二人の頬を緩めた穏やかな表情、住居と庭先のほのぼのとした情景描写がその印象を作り出しているからだろう。

勝川春潮《好色図会十二候》(部分)天明8(1788)年頃 浦上蒼穹堂蔵
この作品にもみられるように、春画には性交時の会話に加え、快楽を表すオノマトペが散りばめられており、絵だけでなく言葉でも愉しむ要素があった。現代の漫画で例えるなら、セリフにあたる部分である。最も知られる浮世絵春画の一つ、葛飾北斎《喜能会之故真通》(1814年)の「蛸と海女」には、びっしりと書入れがある。「ズウッズウッ」「チュッチュッ」といったオノマトペや「いきがはずんで、アア、エエ」「アレアレ」…と性的な興奮状態を表したセリフで余白が埋め尽くされている。蛸と交わるという設定もインパクト大だが、滑稽さすら感じさせる過剰な書入れもまたこの作品の魅力なのである。

葛飾北斎《喜能会之故真通》(部分)文化11(1814)年 浦上蒼穹堂蔵

葛飾北斎(上記と同作品・部分)/ びっしりと画面を埋め尽くす書き入れ
春画は、視覚的に愉しむユーモアと遊び心、言葉から滲み出る情感の機微を通じて、性に対するまなざしを柔らかくほどいてくれる存在でもある。
春画の「性」と「笑い」の表現は、見えにくくなっていた性、身体をめぐる複層的な視点を映し、ある種“鈍感”になったわたしたちの身体観を呼び起こしてくれるアートとしての側面がある。この短いコラムでは、奥深い春画の世界の一端に触れるにとどまるが、春画にみる「性」は、現代を生きる私たちにとって自分自身の身体や感性に向き合い、セクシュアルウェルネスを考える上での貴重な視点となるだろう。

葛飾北斎《喜能会之故真通》文化 11 (1814)年 浦上蒼穹堂蔵
※サイト内の画像は、主催者に許諾を得て掲載しています。
<春画を知る入門書・映画>
田中優子『張形と江戸女』筑摩書房、2013年
山本ゆかり『春画を旅する』柏書房、2015年
白倉敬彦『江戸の春画』講談社、2017年(原本は2011年に洋泉社より発行)
春画ール『春画の穴 あなたの知らない「奥の奥」』新潮社、2023年
映画『春の画 SHUNGA』
https://www.culture-pub.jp/harunoe/
※R-18指定(無修正の春画が登場します。詳細は公式サイトをご確認ください)
<春画の作品を実際に観る>
現在、熊谷美術館(山口県)で春画展が開催されている。コラムで取り上げた勝川春潮や葛飾北斎の作品も陳列されている。(前後期で展示替えがあるため、作品の陳列期間は美術館に要問い合わせ)
展覧会公式サイト
【展覧会名】「春画来た!」
【会期】 2025年3月28日(金)- 6月29日(日)
※前期3月28日(金)- 5月11日(日)/後期2025年5月16日(金)- 6月29日(日)
【会場】 公益財団法人 熊谷美術館/重要文化財 熊谷家住宅(山口県萩市今魚店町47番地)
【TEL】0838-25-5535
【休館】 水曜日(祝日の場合は開館)
【開館時間】10:00-17:00(入館は16時30分まで)
【料金】 一般2,000円(重要文化財 熊谷家住宅見学含む)
【入館制限】 18歳未満入館禁止 ※受付で年齢を確認させていただくことがございます。
【主催】 「春画来た!」実行委員会 委員長:13代 三輪休雪、副委員長:文化庁日本遺産大使・能楽師 大倉正之助、 委員:渡邉翁記念文化協会理事 渡邉裕志ほか
https://kumaya.art/

