2023.03.12

感情スイマー #2 イライラ
コピーライター里沙
世界の皆さん、ごめんなさい。ふだんは、こんな人間じゃないんです。
その大波がやってきた時、私は心の中で必死に弁解する。こんな自分は、本当にきらいだ。
それは、「イライラ」という感情の大波である。自分でも制御できないほどの大きな力を持った、恐ろしい波が私の中で荒れ狂う。
心や頭が受ける感じは、たしかに「イライラ」なんだけれども、肉体の感じかたとしては、すこし違う擬音。「ザラザラ」とか「ザワザワ」、「グツグツ」が近い。皮膚の内側でなにかが、ザワザワ、グツグツ騒いでいて、頭の内側がぎゅーっと詰まったような感じ。まるで自分じゃない何者かに体を乗っ取られたようで、四六時中なにもかもにイライラする。
お店で接客がイマイチだったこと、人混みで思うように歩けないこと、果ては天気が悪いことまで、ぜんぶが許せなくなるのだ。
ジコチューで本当に性格が悪い。頭ではわかっているのだけれど、思考が言うことをきかない。
私の場合、生理が来れば、このイライラは血とともに流れ出てしまい、自然と解消されていく。その時が来るまで、おとなしく待つしかない。
被害を最小限に抑えるためには、大波に、できるだけ刺激を与えないように、与えられないように、そーっと過ごすことが重要だ。静かに、粛々と日常をこなす。
そうしないと、ちょっとしたことで声を荒げて、ぐずって、とんでもなく面倒くさい人になってしまいそうだから。性格の悪い自分はバレたくないし、なにより、まわりの人に迷惑をかけることは避けたい。波がおさまるまで、細心の注意を払って、そっと生活する。

それでも、イライラを隠しきれていないこともあると思う。先日、そんな自分を客観視する機会があった。
その日は、朝から電車が大幅に遅延していた。仕事でもトラブルが続き、私も余裕がなかったし、周囲の人のネガティブな空気にも影響を受けたのだろう。仕事が終わり、帰りの電車に乗っても、イライラがおさまらなかった。
ようやく帰宅し、手を洗おうと洗面台の前に立つと、目の前にとんでもなく怖い顔をした生き物が立っていた。鏡に映る自分だった。びっくりした。私はこんなに怖い顔ができるのか。
きっと生理のせいだ。生理を管理するアプリを開いた。私は比較的、生理周期が乱れないほうなので、アプリの予想はよく当たる。アプリが言うには、つぎの生理まであと10日もあるという。10日間も、この苛立ちと付き合わなくてはいけないのか。うんざりした気持ちが、ふくらんだ。
そういえば、と疲れた頭で思う。つらい時に笑顔をつくると脳内物質が分泌されて、幸せになれると聞いたことがある。いや、今は笑顔をつくる余裕なんて、どこにもないのだけれど。今日は幸せなんて望まないから、せめてマイナスの感情をなくしたい。この怖い顔を、一刻も早くやめたいのだ。
表情をもとに戻せば、乱れた心もマシになるかも?そう思い、目をつむってみた。というか、疲れきって目を開ける元気さえなくなったのかもしれないし、目の前にいる怖い顔の生き物と対峙したくなかっただけかもしれない。
目の前が暗くなる。
別に笑わなくてもよい。イライラしていない顔にしたい。特定の感情を感じさせない、ニュートラルな顔にするぞ。と、自分に言い聞かせる。眉毛、眼球、頬、口もと、アゴ。顔の力を抜いていく。あ、ヨガみたいだな、と思う。呼吸も浅かったことに気がついて、予定より長く目をつむる。
さっきよりフラットな感情になった自分を自覚して、静かに目を開ける。まだちょっとイライラしている顔…?それでも、さっきよりはフラットな顔をした私が立っていた。
願いどおり、心の中のイライラもすこし落ち着いてくれた。もちろん、簡単に穏やかな波になるほど、たやすい相手ではないのだけれど。顔から心をつくる、というのは、ひとつ使える手かもしれない。この作戦で、あと10日。波が過ぎ去るのを静かに待ちたい。
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